その日の気分で聴いた音楽夜話
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Chorus
2006-05-31 Wed
ワタクシの場合、何事も最初は静かに(笑)鑑賞しているのですが、だんだんそれだけでは飽き足りなくなり、ついつい手を出し、深みに嵌ってゆくパターンが多いようです。何でもとりあえずやってみたいほうなのかもしれません。

コーラスがその良い例です。オペラに狂っていた頃(大枚はたいてよく観に行っていたものだと我ながら感心します、今では夢のまた夢になってしまいましたが・・・溜息)、”ああ、アリアが歌いたい♪”(爆)と真剣に思ったものです。CDを聴きながらハモるのは当たり前、かなり妖しいというよりほとんど出鱈目なイタリア語で声を張り上げていたから、近所迷惑と共に赤面の至りであります・・・(恥)

もうかなり前の事ですが、たまたま職場の近所にピアノと声楽を教えている男性がいらして、ドキドキしながら門を叩きました。芸大卒のテノール歌手の卵でしたが、腹式呼吸から発声法まで覚えの悪い生徒によく教えてくださったものだと、今思うと感心します(笑)。

歌は体力勝負らしいですね、確かにオペラの長丁場を演技しながら歌いきるのはかなりの体力が必要でしょう。そう云えばこの頃は何故かワタクシも結構先生に云われて体を鍛えておりました(持久力を養う為走ったり苦手な腹筋運動したり 笑)。

その先生の紹介で合唱団に入団しました。ここは○○交響楽団付き合唱団でしたので、嬉しい事にオケ(オーケストラ)と歌えるのです。オケはセミプロ、合唱団はアマチュア集団と云う、今考えると指導して下さった先生や指揮者にはかなり大変な楽団だったのではないかと。

合唱というのはどうもママさんコーラスのイメージが強かったのですが、ここでは原語で歌う、オケで歌うというのが気に入ったのだと思います。学校がミッションスクールでしたので、聖歌隊に入ってあちこち慰問したりしていたし、歌うことは好きだったこともあります。

そうそう、以前ここにも書きましたが、小学生時代(笑)担任が音楽教師でしたので、クラスで合唱コンクールに出場していましたが、(本当は皆と歌いたかったのです、ワタクシ 涙)ピアノ伴奏だったという苦い思い出?のリベンジもあったかもしれません。

それはともかく、この交響楽団では一年に数回、演奏会を開きます(ちゃんとチケットを売るのです←そりゃ、そうですよ、オケはセミプロなのですから 笑)。その演奏会に向かって曲を仕上げてゆくのは原語の練習(イタリア語、ドイツ語、ラテン語等)から始まって、解釈、音取り、音合せ等、どれもいい加減では済まされず、ワタクシもあの頃は時間さえあれば音取りテープを聴き、歌詞を反芻していたように思います(熱中型なので~す)。

合唱団は100名程の大所帯でしたが、ひとりひとりの責任は大きかったですね~。オケと歌うということはかなりの声量でもオケに負けてしまう(声がかき消されてしまう)のです。それにアマチュアの悲しさで一人が間違えれば皆がそれに引き摺られ、総崩れになってしまうこともあり得ると思います。

ワタクシは声質はソプラノでしたが、ソプラノ声が苦手(どうも頭が痛くなります 笑)故アルトのパートにいました。ソプラノは主旋律を歌うことが多いですが、アルトは影の立役者的な役割を担うことが多いですね。そういう部分もアルトを選んだ理由の一つだと思います。

通常は一週間に一度、約二時間半の練習でしたが、演奏会が近づけば、土、日も朝からの練習になります。その頃になると、”目前に迫った演奏会、でもまだぜ~んぜん出来上がっていないよね、どうしよう・・・”と皆焦り、必死になります。

ゲネプロ(初日の前日の総稽古)の日、オケと歌が全く合わず、”こんなんで本番を迎えられるの???”と皆が殺気だったこともありました。(笑)。それでも本番は思った以上の出来ばえでしたから、ひとりひとりが自分の責任を果たそうとしっかり自宅でも(笑)練習していたのでしょう。

本番の日はひたすら緊張と興奮状態の中、我を忘れます。楽譜を見ながら歌うと指揮に集中できないので、ワタクシは一応譜面は暗記していましたが、それでも一瞬、歌詞が消えることが何度かありました(汗)。練習では完璧だった筈なのです。また後半になって喉が開いてきて、嬉しくなり隣りのバリトンの男性と競い合ったら(爆)声がひっくり返ってしまったという如何にもアマチュアの浅はかな経験も何度かしました。

集団行動(特に休憩時間のオバサマたちの井戸端会議が鬱陶しいです、大概は席を外すことにしていました 笑)が苦手なことと、仕事が忙しくなったこと等で退団してしまいましたが、いつかまた戻りたいなと思っております。合唱の集団エクスタシー(と云うらしいですね 汗 高みに向かって皆の気持ちが一つになる感動と充実感はどう表現してよいかわからないです)は一度味わうと病みつきになるのです。


・・・長文駄文(汗)を読んで下さいましてありがとうございました(笑)。
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ベートーヴェン 交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」
2006-05-19 Fri
両親がクラシック音楽好きというわけではありませんでしたが、物心ついた時には常に音楽が周囲に満ちていました。それは古い蓄音機から流れるジャズだったり、亡父が弾くギターの音色であったり・・・。

今、音楽が心の支えというよりも無くてはならないもの、いえ、むしろ生活の一部になっているのは両親が与えてくれたそんな環境に寄るのでしょう。

ベートーヴェンやモーツァルトのレコードは子供心にドキドキしながら針を落としていたように思います。かなり早い時期にわけもわからず家にあったものを聴いていたように記憶しております。

ベートーヴェンの「英雄」はそんな中の一枚でした。第二楽章の葬送行進曲が好きで何度も何度も聴いていましたね~。

第一楽章の雄大な力強さとは対照的なヴァイオリンのひそやかな主題から美しいフーガへそしてまた哀しみを込めた主題へ・・・。この起伏に富んだ流れが如何にも英雄というタイトルを思わせるドラマを見ているようで好きになったのだと思います(どのようなものでもドラマティックな展開は今でも好きです 笑)。

子供の頃、感銘を受けたり感動したりしたものはその後、大人になると落胆してしまうものもありますが、音楽、特にクラシック音楽についてはそれは全くありません。

むしろ何もわからずただ鳥肌がたつような感覚に、何処がどんな風にという知恵や表現力が少しついてより深く味わうことが出来るようになったでしょうか。

私事ですが、集中治療室から一般病棟に移った母と話しながら、何故か頭の中をこのベートーヴェンの「英雄」が駆け巡っておりました(笑)。

ここ数日は看病疲れで”何故勇ましい?交響曲”とも思うのですが(笑)、ベートーヴェンが英雄ナポレオンに奉げる為に書いたと云われる壮大な交響曲を聴いて、少しだけでも現実から離れたかったのかもしれません。

久し振りの「英雄」はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 指揮 ベルナルト・ハイティングで聴いております。
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ハイドン 交響曲第94番「驚愕」
2006-05-03 Wed
中学校の音楽室に物々しく掲げられていた音楽家の肖像画、その中で結構印象深いと云うか、あの如何にも如何にものズラ(爆)を被った顔の長い温厚そうなおじさん、それがハイドンでした。

それから音楽のテストの為に必死で覚えた「ハイドンは交響曲の父」(笑)。ハイドンに対してのワタクシの認識はそのくらいのものでした。

それが高校に入るとちょっと変わりました。音楽の授業は前半が音楽鑑賞(今思えば垂涎モノだったかもしれない教師好みのレコードの数々でしたね~)の時間だったのですが、ほとんどの生徒は寝ていました(爆)。

音楽の授業は午後の微睡のひとときだったのですね。ワタクシは結構その時間が好きで(高校時代はクラシックやロックに熱中していましたし)真面目に聴いていたものでした。(意外かと思いますが学生時代は結構真面目なヒトでした、ワタクシ。)

その日も教師は一枚のレコードをおもむろに取り出すと、にやっと笑いながらこう云いました。「今日は皆さん、眠れませんよ、いや、眠っていても結構、否が応でも途中で起きますから」そう、それがこのハイドンの交響曲第94番ト長調「驚愕」だったのです。

静かな第二楽章の始めで突然のフォルテッシモ!!聴き手を驚かせるところからこの名が付き、ハイドンの生前から用いられていたようです。

実際は、爆睡していた生徒は起きなかったので教師は少しガッカリしたようでした。全員がこれで目を覚ますと思っていたとしたら彼は少々甘い!!(爆)。

それはさておき、古典派の正当な音楽、優雅ではあるけれども、揺り動かされるような情熱や迸るような激情とは無縁かと思われた円満な作曲家ハイドンのこんなちょっとした悪戯?が当時、居丈高に思っていた音楽家を身近に感じられて嬉しかったことを覚えております。

その後、ハイドンの「四季」を合唱団で歌いましたが、明るく屈託のない農民の春夏秋冬の四季それぞれの素朴な感謝と祈りを歌うオラトリオを練習しながら、何故かこの「驚愕」を思い出していました。(「四季」についてはまた後日・・・書けるかなあ・・・)

ハイドンの形式美の流れはベートーヴェンに受け継がれていったのだろうかなどと思いながら、本日は18世紀オーケストラ 指揮  フランス・ブリュッヘンで聴いております。

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